もう30年以上も前になりますが、大学生時代にヨット(ディンギーと呼ばれる2人乗りの小型艇)に乗っていました(上の写真に写っているのは私:~全日本インカレにて~)。
ヨットはわかりにくい?
多くの方がヨットという名前をご存じでしょうが、スポーツとしてのヨットについて知っている人はあまり多くないように思います。
ヨット競技はオリンピック種目にもなっています。でも競技の様子をテレビ中継で見る機会はまだまだ少ないようです。
その理由として、競技の進行状況が「わかりにくい」という点があると考えられます。
たしかに、レース中の「順位」や「次の展開」について把握・予想するためには、ある程度ヨットに関する知識が必要です。
レースの映像を見てもわかりにくい場面が多い競技だと思われるのはこのような理由でしょう。
しかし、ヨット競技には自然(風、波、潮汐流など)の変化に上手く対応しながら順位を上げていく、という他の競技とは異なった面白さがあります。
そこで少しでも多くの方がスポーツとしてのヨットの楽しさを理解していただけるように、という思いで記事を書きました。
この記事では、主に大学の体育会系のクラブで使われている「スナイプ」級という種類のヨットを例に挙げて、スポーツとしてのヨットの基本的な事柄について紹介していきます。
スナイプ級とは?
スナイプ級(SNIPE CLASS)とは、2人乗りのディンギーと呼ばれる小型ヨットの1種類です。
多くの大学のヨット部では、このスナイプ級と470級の2種類のヨットを使って競技に参加しています。
「スナイプ」とは鳥の「鴫」のことです。上のロゴに描かれた鳥のマーク(赤い部分)が、スナイプ級のヨットのメインセール(大きい方の帆)の上部に貼り付けられています。
🔗日本スナイプ協会HP
スナイプ級の構造
スナイプの基本的な構造を下の図に示します。2人乗りのヨットで、船体の全長は4.73m、幅は1.68mです。
推進力を得るためのセールは2枚です。
マストとブームに固定された大きな帆をメインセールと呼びます。
マスト上方から船首方向につなげられたワイヤーに固定された小さな帆をジブセールと呼びます。
乗船する2名のうち、メインセールを操作しながらラダーでヨットの進む方向を決める人を「スキッパー」といいます。スキッパーが船長さんです。
また、ジブセールを操作しながら船のバランスを保ったり、周りの様子を観察してスキッパーに情報を伝える人を「クルー」といいます。
また、船の真ん中辺りにあって上下させることが可能なセンターボード、船の後ろにあって進行方向を調整するための舵であるラダーがあります。
スナイプ級の発祥の地
ちなみにスナイプ級の発祥の地は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴだそうです。私は5年ほど前にサンディエゴに行ったことがありますが、スナイプの発祥の地だったとは知りませんでした(残念!)。
ヨットが風の力で風上方向にも進める理由
ヨットの動力はご存じのように「風」です。大小2枚のセール(帆)に当たる風の力を利用して前進します。
ヨットの操船にあたっては、風向きに合わせて2枚のセールの位置を調整して前進力を得ます。
風上方向に進むときにはロープ(シートと呼ぶ)を引っ張ってセールを引き込んだ状態にします(下図の左側)。
風下方向に進むときにはロープを緩めてセールを広がった状態にします。セールを広げる際にはウィスカーポールという道具を使って、ジブセールをメインセールと反対側に広げます(下図の右側)。
ヨットが進める方向
下に示した図は、ヨットを真上から見たときに、風向き(黒矢印で示した方向)に対してヨットが進むことができる方向とそのときの2枚のセールの位置を示したものです(セールの位置がわかりやすいように、一部でセールの色を赤から緑に変えています)。
図を見ていただいてわかるように、ヨットは風上方向にまっすぐ進むことはできません。
また、図で黄色い×印を示した範囲の方向にも進むことはできません。
ヨットが進むことができるのは、風上方向については風に向かって約45度の方向まで、風下方向については風と同じ方向にも進むことも可能ですが、スピードと船の安定性の理由から、通常は風の方向から少しだけ角度をつけた向き(上図でセールを緑色で示したヨットの方向)まで、の範囲です。つまり、図の中で青い矢印で示した方向・範囲に向かって走ります。
風上に向かって走ることを「クローズホールド」、風を真横から受けて走ることを「(ウインド)アビーム」、風を後ろから受けて走ることを「ランニング」と呼びます。
風下方向に向かって走れる理由については、特に説明がなくても納得できると思います。
ヨットが風上に進める理由
では、なぜヨットは風上方向に向かって走れるのでしょうか?
それは「揚力」つまり飛行機が空を飛べるのと同じ理屈で説明できます。皆さんも傘をもっていて横から強い風が吹きこんだ際、傘が上に持って行かれそうになった経験があると思います。それが「揚力」です。
🔗「飛行機が飛ぶ仕組み「揚力」を初心者目線で理系ライターが解説」
ヨットの場合を図で説明すると以下のようになります。セールに沿って流れる風によって、セールの内側とセールの外側に圧力の差が生じます。そのため下の図の黒い矢印で示した方向に「揚力」が生じてヨットはその方向に引っ張られる状態になります。
しかし、ヨットには「センターボード」という板が海中に突き出ていて抵抗となっているため、横方向(緑の矢印で示した方向)にはほとんど動けません。
その結果、揚力をベクトル分解した赤と緑の矢印のうち、赤の矢印で示した方向(=前進方向)の力が働いてヨットは風に向かって45度の方向に進むことができるのです。
方向転換(タックとジャイブ)
これまで述べたように、ヨットは風上方向のある限られた範囲を除いて、比較的自由に海の上を走り回る事ができます。
ただし、これまでの図を見ていただいておわかりのように、セール(特にメインセール)の向きは船の中心ラインから右側に開いている場合と左側に開いている場合の2通りがあります(下の図)。
そこで風向きと目指す方向によっては、セールが開いている向きを変える必要があるのです。
メインセールが開いている向きの違いを示す言葉として
「スターボードタック」、
「ポートタック」
というものがあります。
「スターボード」とは船の右舷側
「ポート」は船の左舷側
を指す言葉です。
「スターボードサイド」つまり船の右舷側から風を受けて走っている船(=左側にメインセールが開いている船)のことを「スターボードタック」の船。
反対に「ポートサイド」つまり船の左舷側から風を受けて走っている船(=右側にメインセールが開いている船)のことを「ポートタック」の船と呼びます(下図)。
セールが開いている向きを変える、すなわち「スターボードタック」から「ポートタック」へ、または「ポートタック」から「スターボードタック」へ変えることは、スキッパーやクルーが座っている場所を変えたりする作業などを伴った「方向転換」をすることになります。
ヨットがある目的地に進んでいるとき、
風上方向に向かって行う方向転換を「タック」、
風下方向に向かって行う方向転換を「ジャイブ」と呼びます。
それでは、「タック」と「ジャイブ」についてそれぞれ動画を参照して説明しましょう
タックについて
「タック」は風上方向に向かって行う方向転換です。言葉で説明するより実際の映像を見ていただいた方がわかりやすいと思うので、以下にYouTubeで見つけた画像を紹介します。
セールがかなり引き込まれた状態(=クローズホールド)で「方向転換」をしているのがわかると思います。
ちなみにロールタックとは、弱風でタックをするときに船をロールさせる(=揺らす)やりかたです。
🔗YouTube:「ベストウィンドのヨットチャンネル」より
ジャイブについて
次は風下方向に向かって行う方向転換「ジャイブ」です。タックの場合と同様に、YouTubeチャンネルの画像を紹介します。
今度は、セールがかなり開いた状態(=ランニング)で「方向転換」をしているのがわかります。ウィスカーポール(この呼び名は昔のスナイプのもの?(^_^;))を使ってジブセールがメインセールと反対側に開いているのもわかります。
ここでも、ロールジャイブとは、弱風でジャイブをするときに船をロールさせる(=揺らす)やりかたです。
🔗YouTube:「ベストウィンドのヨットチャンネル」より
ヨットレースの基本
ヨットレースは、「スタートライン」から、海上に複数設置された(上の写真に示したような)「マーク」と呼ばれる浮き(ブイ)を決められた順番で回って、「フィニッシュライン」を横切った順番で順位をきめる競技です。
私が学生時代には、下の図で示したような「コース」が海上に設定され、レースが行われていました。マークは3つあります(①~③)。
スタートライン(およびフィニッシュライン)は、「本部船」と呼ばれる船と「アウター」と呼ばれる船のマストを結んだラインです。このラインは仮想線ですので海上に線が引いてあるわけではありません(下の図)。
スタート10分前、5分前などに「音」と「旗」で予告があり、選手はその予告からカウントダウンをしてスタート時刻と同時にスタートラインを横切るように準備をします。
スタート時刻より少しでも早くスタートラインを横切るとフライングとなります。ヨットでは「リコール」と呼ばれ、気がつかずにそのまま走り続けると、フィニッシュしても「失格」です。
「リコール」(フライング)した場合は、一度スタートラインの風下側に戻ってスタートをやり直す必要があります。
スタート後は上マーク(図の①マーク)、サイドマーク(図の②マーク)、下マーク(図の③マーク)を反時計回りに回って、再び上マーク(図の①マーク)、下マーク(図の③マーク)を回ってからフィニッシュラインを目指します。
学生時代は、「上・サイド・下・上・下・フィニッシュ」と順番を覚えていました。
図にも示してありますが、風上に向かうとき(例えばスタート~①マークまで)には何度かタックをする必要があります。
その他のコースでは風を後ろから受けたり、真横から受けたりしながら走っていきます。風下に向かうときにはジャイブをする必要もあります。
このように、風上(クローズホールド)、風下(ランニング)、風に対して真横(アビーム)の走りを駆使しながらレースを進めて、最終的にフィニッシュラインを目指すのです。
ここで、2019年の Snipe US Nationalsでのスナイプ級レースのスタート映像を紹介します。画像が加工されていて、仮想スタートラインとカウントダウンも見ることができてわかりやすいです。
このスタートでリコール艇はなかったようです。
🔗YouTube:「SnipeToday」より
自然(風・波・潮流)とヨット
ヨットは風の力で前進します。ですから、まず選手が努力すべきことは同じ強さの風を受けたときに他の選手より速いスピードが出せるように技術を磨くことです。
もし、レース海面の何処に行っても風の強さ・方向が同じであれば、吹いている風を上手に利用する技術、タックやジャイブの技術に長けた選手が常にトップを走るはずです。
しかし、実際の自然はそのように一様な状態を保つことの方が稀です。まず風の強さや方向は、場所や時間によって変化をすることの方が多いです。
下の動画は広島湾を陸から撮影したものですが、海面を吹く風が一様ではないことがわかる動画です。
強い風が吹くとその海面に細かいさざ波ができてその場所が「黒っぽく」みえます。
下の動画をみるとさざ波が立ってやや濃い色にみえる場所(特に真ん中から上辺り)と、薄い色にみえる場所がまばらにモザイク状になっていることがわかると思います。
強い風を「ブロー」と呼びますが、ブローが吹いている海面は目視で確認できる場合があるのです。レースの際にはこのようなブローを上手く掴んで、他の選手より強い風を受けられるようなコースを選択することも重要です。
また、特に外洋に面した海面などでは波の影響も受けます。波も一様に寄せてくるわけではないので、その対応の仕方によってレース結果に大きく影響してきます。
さらに大潮時には潮汐流の影響を受ける場合もあります。
これらの自然環境の変動とそれぞれへの対応については、「上級編」で述べたいと思います。
実力と運のバランス
ヨットレースでは、操船技術や自然環境への対応力が優れた選手が基本的に上位に上がってきます。
しかし、自然は気まぐれですし、他の選手の動きなども予想が難しい場合もあり、突然の風向の変化など運に左右される要素もあります。
ヨット競技に参加して思ったことは、レースにおけるこの実力と運のバランスが絶妙で、非常に奥が深い競技だということです。
レース前に様々な情報を把握して、頭の中でレースの計画をたて、レース開始後は風・波・潮流の様子、他のヨットの動きなどをよく観察しながら臨機応変に対応するのが理想ですが、それでも常に「想定外」の出来事がおきる可能性もあるのです。
そのような局面になっても落ち着いて、最悪の状態にならないように対処することが重要で、これは自分の感情をコントロールする能力も試されていたような気がします。
実際のレースの映像(YouTubeから)
最後に、YouTube上に2021年の全日本インカレ(大学選手権)におけるスナイプ級のレース風景を、ドローンで撮影した映像がありましたので紹介しておきます(約35分間あります)。
この映像は、スタートしてからしばらく時間がたって、上マークに向かう途中からの映像のように思います。
ドローンで撮影すると広い海域で繰り広げられているヨットレースの様子がよくわかると思います。
🔗YouTube:「DRONE_5757」より
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