小泉八雲と『夜光虫』
このブログの記事「「生命」と「自然環境」について」内で、夜光虫の赤潮とその生物発光について紹介しました。
夜の海でみる夜光虫の光は、昼間にみる夜光虫による赤潮の毒々しい朱色のイメージとは異なり、幻想的な美しさを感じます。
これまでにも様々な文学作品等で夜光虫をとり扱ったものがあると思いますが、「怪談」で有名な『小泉八雲』も、その著書の中で何度か夜光虫をとりあげています。
そして文字通り『夜光虫』という題名の作品が、1900年(明治33年)出版の著書『Shadowings(「影」)』に収められています。
🔗青空文庫:『夜光虫』
この作品に書かれた海は、八雲が好んだ静岡・焼津の盂蘭盆の頃の夜の海だと思われます。
八雲は、1897年(明治30年)の8月に初めて焼津を訪れ、焼津の海が大いに気に入り、以後亡くなるまで6回もの夏を焼津で過ごしたそうです。
🔗「小泉八雲その生涯」(焼津小泉八雲記念館)
八雲がみた海士町・菱浦湾の夜光虫
しかし、八雲は日本に来てから焼津に行くまでの間に、少なくとも既に1回は夜光虫の燐光をみています。
1892年(明治25年)、八雲は島根県隠岐島(島前)海士町にある菱浦湾の畔にあった岡崎旅館に滞在して、その時の様子を『知られざる日本の面影(四)』に記しています。
八雲は穏やかな菱浦湾を「鏡ヶ浦」と名付けましたが、岡崎旅館からの眺めや菱浦での想い出について、「縁側からは波止場の石段へ緩やかな冷たい光と砕ける入江の浪を―美しい燐光を―眺めることが出来、・・・」と記しています。
現在、岡崎旅館の跡地は「佐渡公園」という名の公園となっています。佐渡公園には八雲夫妻の銅像があり、2人は目の前の菱浦湾を眺めて座っています。
海士町では今でも夏の時期に夜光虫の赤潮が発生していて、菱浦港から発着する「海中展望船あまんぼう」では、夜光虫を観察するナイトクルーズも実施されているようです。
🔗海中展望船あまんぼう
八雲がみた海士町・菱浦湾の風景について、YouTubeに動画をアップしましたので、是非ご視聴ください。
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