本ブログの記事「海と宇宙の共通点?」の中で、海と宇宙の共通点として「どちらも人間にとっては過酷な環境である。」と書きました。
しかしこれはあくまでも、地球の中でも「陸上」で生活をしている人間からの視点にすぎません。人間だけではなく「生命」というもっと広い視点で見た場合、海と宇宙は全く異なった環境です。
すなわち海は地球における生命の源であり、現在も生命に満ちた場所ですが、宇宙は生命にとって「死」の場所です。
この記事では「生命」と「環境」という視点から、海における生命について紹介します。
生命の星「地球」(Blue Earth)
本ブログでも紹介した、立花隆さんの「宇宙からの帰還」の冒頭には、宇宙空間が生命にとって「死」の空間であることが書かれています。
まず宇宙空間は真空であり、生命にとって重要な「酸素」がありません。さらに気圧も0ですので、酸素と同様に生命に重要な「水分」はすぐに凍りつくか蒸発してしまいます。
地球上では恵みの神と認識されている「太陽」も、宇宙空間に出ると死の神と化します。つまり、太陽から放射されている紫外線や放射線は、宇宙空間では生命にとって致死レベルです。しかし地球には大気や磁場があるため、地表に届くのはわずかとなっています。
また大気は熱の平準化にも寄与しています。大気がない月ではその表面温度は太陽に直射されると最高130度にも達しますが、日陰の部分では零下140度にもなるといわれています。しかし地球では大気によって昼は熱吸収、夜は保温効果があり極端な温度の変動が抑えられています。
地球を「生命の星」にしているのはこのような「大気」そして生命に不可欠な「水」であり、宇宙から地球を眺めると地球の表面を覆っている「大気」と「水(=海)」が青く輝くように見えます。
宇宙飛行士は漆黒の宇宙に浮かぶこの美しい青色を見て、地球が宇宙空間の中でかけがえのない奇跡のような存在であることを実感するようです。
「大気」と「水」が青く見える理由は、太陽光の散乱、吸収、反射によって説明されます。人間の目で見える光(可視光線)のうち青く見える波長の光が、大気では散乱、海では吸収・反射によって、他の波長の光より強く人間の目に届くのです(つくばSTEAMコンパス_021021)。
ただし、大気中では雲、海水中では懸濁物質やプランクトンなどが大量に存在すると色が変わって見えることになります。
宇宙空間では生命にとって死の神である太陽も、地球上に大気と水が存在することによって生命に対する恵みの神にその姿を変えます。そして太陽の光は大気と水の散乱作用などを通して、これらの3つが絶妙なバランスを保ち生命を育んでいることを示すかのように、周囲に青い光を放っているのです。
もちろん地上からも大気(空)の青さ、水(海)の青さを見ることが出来ます。ただ宇宙からみる場合とは異なって、これらの青は、見る人の周りを取り囲むように広がっています。
日本の歌人、若山牧水の短歌「白鳥はかなしからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ」は、そのような風景を詠んだものに思われます。この短歌の解釈について「短歌の教科書」では以下のように記しています(一部抜粋)。
白鳥の姿に青春の孤独と哀歓を重ねた歌として、今も多くの人々に愛されている歌です。
この歌に描かれているのは、無限に広がる青い空と果てしなく続くあおい海という、ひとつづきのように感じられる青の世界の中、真っ白な白鳥が漂う姿です。
白は明るさはあっても彩度はなく、一般的に容易に周囲に同化しやすい色でもあります。しかし、傷つきやすく純粋な青春を象徴するかのような白は、青色に染められることなく、むしろ孤独なまでにくっきりと色の違いを際立たせています。
さらに、「ただよふ」という言葉から、白鳥が空中や水中で自然な動きにただ身を任せて揺れ動いている様子が想像できます。自在なようでどうすることもない漠然とした状態に、茫漠たる青春を正確に捉えています。
この短歌とその解釈は、理系の立場で考えてみても、なるほど、と思う内容です。
牧水が表現したように空の青と海のあをは違います。大気では散乱作用、海では吸収・反射作用によって光はより分けられるので、人間の目に届く光の波長には違いが生じるでしょう。
「大気」と「水」が地球を「生命の星」にしているというのは確かです。しかし大気と水、それら自体は生命ではなく、生命を生みだすための下地のようなものです。そしてそこに生命が存在すると青から他の色に変わることがあります。
例えば海で植物プランクトン(微細藻類)が大量に発生すると、吸収・反射作用によってより分けられる光の波長が変わり、赤や緑、褐色に見えることがあります。ニュースなどでよく報道される「赤潮」は、このような現象の一例です。下の写真は微細藻類である夜光虫の赤潮を写したものです。
白鳥が青い空と海の中でそれらの色に染まらず、でもそれらに身を任せて「ただよって」いる様を描いたこの短歌は、広い空と海の中において一個の生命体である白鳥が、生命を育む下地である空の色にも海の色にも染まらず、自分の生命を「白い」色で主張しながらも、やはり空と海という地球の「自然環境」にただ身を任せて揺れ動くほかはない、という茫漠たる様子を描いている。と解釈することができます。
生物に影響を与える地球上の「自然環境」とは?
「生命の星」である地球上のどのような場所で生きている生物でも、その生命はそれらが生活している自然環境に大きな影響を受けています。
地球で生物が生活している環境を大別すると、水(海水)に満たされている「海」と、大気に覆われている「陸上」の2つになります。
このように物理的に異なった自然環境の下で、生物もそれぞれ異なった生態系を形づくっています。
先ほど取りあげた白鳥は飛翔能力をもつため、空、海、陸上、といった場所に身を置くことができます。しかし基本的には「陸上」の生物であり、一時的に水中に身を置くことはできても海の中で長期間生存し続けることはできません。
海の環境と陸上の環境は大きく異なるため、生物がその違い(=壁)を乗り越えて両方の環境下で生存することは非常に困難です。
海と陸上の環境の大きな違い(=壁)は、海水(液体)に満たされた環境と大気(気体)に満たされた環境、という「物理的な環境」の違いであることは明らかですが、そもそも生物にとっての「環境」には具体的にどのようなものがあるのか考えてみましょう。
地球上の生物にとっての環境とは、それぞれの生物の生残や成長に影響を与える要因であると考えられ、具体的には上に挙げた「物理的環境」の他に「生物的環境」と「化学的環境」を加えた3つの要因に分けることができます。
これら3つの環境要因について、人間を例にとって考えてみます。
まず、生物的環境ですが、身の回りに存在する動物や植物は、食料として重要ですし、細菌やウイルスは病気を引き起こす要因となって人間の健康や生存に影響を与えます。
化学的環境は生存に不可欠な大気中の酸素、病気になったときに飲む薬品、ときには有害ガスなどがあり、これらも人間の健康や生存に影響を与えます。
物理的環境としては気体や液体の他、気温や風、紫外線や電気などが挙げられますが、やはりこれらも人間の健康や生存に影響を与える要因となります。
これらの環境のうちどれか一つでも大きく変化をした場合、人間は健康や生存になんらかの影響を受けることになります。また、これらの環境は互いに密接に関係をしていて、ある環境の変化が他の環境変化を引き起こす原因になったりしているのです。
環境に影響を与える「生物」
地球上での生命の誕生が太古の海であったことはよく知られていると思います。
🔗「地球46億年の歴史と生命進化のストーリー」(JAMSTEC)
海で誕生した生命は、実は気が遠くなるほどの時間をかけて、それまで生命にとって依然として「死の場所」であった陸上環境を「生命の場所」に変化させていきました。
すなわち、20億年以上前に海の中で誕生した「シアノバクテリア」という光合成をするバクテリアによって作り出された酸素により、大気中の酸素の割合が増加していきます。
さらに増加した大気中の酸素からオゾン層が作られ、太陽から地上に降り注いでいた有害な紫外線を低減させた結果、その後に生命が海から陸上に進出することを可能にする大きな環境変化のもとになりました。そして現在のように水と大気で生命を育む地球環境がつくられたのです。
つまり海で誕生した生物は、非常に長い時間をかけて海の中における生態系をつくりあげていく一方で、陸上の化学環境や物理環境にも影響を与え続け、その結果として人間を含めた陸上における生態系を生み出す原因の一つとなったのです。
このような過程を経て出来上がった地球の自然環境ですが、最近は「人間」という生物が地球の環境に与える影響について、様々なことが議論されるようになりました。
このブログの「海その”i”」の記事にも書きましたが、人間が地球上で持続的により良く生きるためには、海の中で起きている様々な事柄について、もっと正確に知る必要があると考えられます。
例えば海と陸上の生態系の比較をして、両者の基本的な違いを理解しておくことも重要なことでしょう。
海と陸上の生態系の比較(一次生産者)
海の生態系と陸上の生態系を比較して大きく異なる点として、まず「一次生産者」に関する違いが挙げられます。一次生産者(基礎生産者)とは、光合成や化学合成によって炭素を含む無機物(主に二酸化炭素)から有機物を生産し、いわゆる生態系ピラミッドの起点となり、それぞれの生態系を支えている生物のことです。
海では植物プランクトン等の藻類、陸上では森林や草原を構成する植物が、それぞれの生態系における一次生産者となっていますが、それらの分布や生物量などには大きな違いがあるのです。
🔗海洋における植物プランクトンの生理生態と物質循環における役割に関する研究
🔗海・陸地・陸水
海における一次生産者である植物プランクトンは単細胞性であり、陸上植物は多細胞性です。そのため、1個体当たりの大きさは植物プランクトンの方が陸上植物より遥かに小さいのです。
また植物プランクトンは光合成が可能な海の表層(光が届く水深)で浮遊生活をしていますが、陸上植物は大地に根を下ろして固着生活しています。これには、先に述べた海と陸上の物理的環境の違い(液体と気体の比重の違い)も大きく影響していると考えられます。
そして、陸上植物が地上の広い範囲を覆って大地を緑色に染め上げているのと比較すると、植物プランクトンは時々「赤潮」を起こして海の色を変えるほど増殖することがありますが、その時期と範囲は限られており、ほとんどの場合は海の青色の中にひっそりと溶け込んでしまっています。
植物プランクトンと陸上植物の生物量(炭素量)を比較すると、陸上植物の方が数百倍から千倍程度多いといわれています。しかしながら、それにもかかわらず海における年間の一次生産量は、陸上のそれに匹敵するほど大きいのです(上述のリンク参考)。
このことは、海における植物プランクトンは増殖速度が速い一方で、多くの割合が動物プランクトンに食べられたり、栄養不足などによって海の表層から消失したりする過程を繰り返している(=有機物生産の回転速度が陸上植物と比べて速い)ことを示しているのです。
私は研究所時代、主にこのような植物プランクトンの研究を行っていました。特に植物プランクトンがどのような(生物的・化学的・物理的)環境に影響されて生きているのか、という点に興味を持っていました。
今後の記事では、植物プランクトンに関する私の研究を紹介しながら、海の”i”について語っていきたいと思います。
最後に、この記事の冒頭に示した写真に関しての感想を述べて記事を締めくくります。
この写真は湘南で撮影されたもので、「夜光虫」の赤潮発生時の夜に撮られたということです。この記事の中にも書きましたが、昼間に太陽光が当たっているときには、夜光虫の赤潮は海の青色をかき消して「赤く」みえます。
しかし夜になって太陽の光が当たらなくなったとき、夜光虫は物理的刺激によってルシフェリン-ルシフェラーゼ反応による生物発光をするのです。そしてそのときの色は「青」です。
夜光虫がなぜ(何のために)生物発光をするのか?ということは全くの謎ですが、暗闇の中で光る「青」は、宇宙の暗闇の中で青く光る地球のように、周りに生命の存在を示しているようにも思えて、非常に興味深い現象です。
このブログでも紹介した立花隆さんの「宇宙からの帰還」に、「地球の青さ(美しさ)は、写真では伝えることができない」と複数の宇宙飛行士が話した、という記述がありますが、宇宙からみえる地球の青はこの色に近いのでしょうか?
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